枕草子の一節に、
ねぶたしと思いて臥したるに、
蚊の細声に名乗りて、顔のもとに飛び歩りくは、
風さへさる身のほどにあるこそ、いとにくけれ。
と、ありますが、清少納言もいかに蚊に苦しめられていたかがよくわかります。
千年たっても、蚊と人間の関係は大して変わってません。
蚊帳の文化、歴史、民俗
蚊帳の歴史は古く「日本書紀」によるば、応神天皇の時に呉から蚊屋衣縫(かやのきぬぬい)という蚊帳作りの女性技術者
が渡来したとある。
「播磨国風土記」には、応神天皇が巡行の際に飾磨郡加屋里(しかまぐんかやのさと)に御殿を建てて蚊帳を張ったために
カヤ(加野)と称したという地名起源伝説が記されている。
蚊帳は中国から伝えられ貴族に使われていた。しかし中世までは蚊帳を使うのは支配階級もごく一部で、貴族でも大部分は
蚊遣りですごしていたようである。
「春日権現験記絵巻」第七巻に老僧が蚊帳を吊って寝ている絵があり、侍女は蚊帳の外に寝ているのを見ても鎌倉時代には
高貴の人だけにつかわれたのであって、ある程度普及するのは室町時代、庶民の間で用いられたのは江戸時代になってから
である。
ヨーロッパでは、窓に防虫用のネットを張ったり、薄いカーテンを引いたりして蚊の侵入を防いだ。蚊の多い地域や上流階
級ではそれらとモスキート・カノピー mosquito canopy とを併用することもあった。これは天井から吊るす天蓋のような
もので中国で多く用いられる天吊りのついた枠のある寝台用の蚊帳とおなじ構造をもつ。
蚊帳に関する民俗・俗信はさまざまある。蚊帳は古くは竹棹を四隅に立て、これを下げ、昼間は端に片寄せておいたものな
ので、吉日を選んで吊り始め、また収められた。
この習俗は今日でも行われ、ことに五月蚊帳は吊るものではないなどといわれている。九月になると蚊帳の四隅に雁を書い
てつけることが行われ蚊の入らぬまじないとした。
また蚊帳を雷よけとして吊ることは、広く各地に行われた。
かつて一枚の蚊帳をつくることは、主婦にとって男が一代に家を建てることに匹敵する大仕事とされ、長男の蚊帳をつくる
までは責任を果たしていないなどといわれた。
蚊帳は一日に縫い上げないと凶事が起こるとされおおぜいの婦人たちの協力で縫い上げると、その蚊帳を吊って、その中で
女だけの酒盛りをしたり、餅を食べて祝った。これを「蚊帳祝い」「蚊帳祭り」などとよんでいた。この際、熊本県玉名郡
では蚊帳の中に挽臼と猫を入れ猫の頭をたたいて鳴かせて出さねばならないといいこれを「蚊帳の棟上」といった。
「蚊帳(かちょう)の祝儀」とよばれる嫁入り蚊帳の新調祝いも江戸時代にはたいせつな行事として各地に行われた。
このほか福井県南条郡には盆に男が蚊帳をかぶり踊りをしている女を追い回す「蚊帳かぶり」の風習や、広島県因島には
六月二十三日、一晩中蚊帳に入らず語り明かす「蚊帳待ち」の習俗などがある。
これらの民俗からは蚊帳を単なる寝具と考えるだけでなく、呪力をもつ神聖なものとする意識があったことがうかがわれる。
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